アンビギュイティー ambiguity アン・ジュデルの多義性

ANNE JUDELL solo exhibition 日本で初めての作品展
アンビギュイティー ambiguity
アン・ジュデルの多義性

2019 11.30 sat – 12.08 mon
11:00-17:00
会期中無休

まず目に入るのは純然たる抽象
しかし焦点はやがて画面の一箇所に収束する
それを手掛かりに、貪欲に奥へ奥へと突き進むと、
雲の切れ目から光が降り注ぐかのような一瞬が訪れ、
そこに「形」が浮上する
それは、
天地がまだ分かたれてない渾沌のようでもあり、
なじみの街路脇の灌木の茂みにも見える
高みから見下ろした広大な光景のようでありながら、
海浜の、波に洗われた岩肌にも似ている

プロフィール
1942年、オーストラリアのメルボルン生まれ。ロイヤル・メルボルン工科大学でデザインを専攻。
1970年代から数多くの個展・グループ展で作品を発表してきており、オーストラリアで幅広く知られたアーティストである。
2011年には権威ある「ドーベル大賞」を受賞。これにより彼女の名声は不動のものとなった。
その作品は、ヴィクトリア国立美術館(メルボルン)、ニューサウスウェールズ州立美術館(シドニー)、
オーストラリア国立美術館(キャンベラ)を始め、
オーストラリア各地の美術館・組織等に広く収蔵されている。
Artist Information→ https://www.annejudell.com.au/

アン・ジュデル Anne Judell の世界 ー by ルーク・デイヴィーズ Luke Davies(脚本家)

アン・ジュデルの、濃密に重なり透明に輝くドローイングは、見つめれば見つめるほど、奥へ奥へと後ずさる。ただの白い紙からこの輝かしい発光体にまで進化した時の流れを掘り進むほどに、彼女がその鋭敏な耳でいかに正確に「自分に語りかけてくるものを聴きとった」かが明らかになっていく。絵は少しずつ私たちに近寄り、そのミステリアスな抽象が次第に形象をそなえていき、見る者の心のなかでいつしか風景となる。そして私たちは、まさにこれでありこれ以外にないと、深くうなづくのだ。

だが実際には、ジュデルが何カ月も、時には何年もかけて形づくってきた幾層もの堆積のうえに、この風景がある。絶えず生成する終わりのないプロセスを経て、それは力強く、びりびりと響き、広がって行く。

ジュデルがみずからのビジョンを、かくも長きにわたって、妥協も逸脱もなく、市場やトレンドに流されることなく、ひとり追及してきたことについては、ただ神に感謝するばかりだ。彼女の作品は、見る者が深く潜り込めば、それに応えてくれる。木炭とパステルから成る画面を見つめれば見つめるほど、波紋の輪は広がっていく。それは、各人からまったく異なる反応を引き出し、各人をさまざまな心の状態に導く。自分が変わったとその場ではっきりと意識させる力をそなえている、アートの世界ではごく稀な例だ。それは私たちを脅かすと同時に宥めてもくれる。実際、その両方が同時に起こるとき、作品のインパクトは最もパワフルになる。これはまさに「崇高なるものとの出会い」だ。それは、見る者を引っつかんで意識の外に連れ出し、遠くへと導き、やがて自分の中心へと届けてくれる(それは瞑想に似ている)。

彼女の作品を見つめることは、マンデルブロ集合をズームするようなものだ。絵のなかに分け入っても分け入っても、さらにまた深く奥まっていくため、しまいには自分の眼の方があきらめてしまう。ジュデルのドローイングは、しばしば微視的であると同時に巨視的である。無限大と無限小がともに暗示される。ハッブル宇宙望遠鏡がとらえた銀河のようでもあり、細胞や素粒子の構造のようでもある。

いずれの方向にせよ、ジュデルの作品には、深遠なる展開という特徴がある。いずれにせよジュデルは、その確実さと熟練と技能によって、ふだんは音のないもののなかから超越の深い喜びを抽出する。

・ルーク・デイヴィーズ Luke Davies
詩人、小説家としても活躍する脚本家
自伝的小説「キャンディ」をもとにした2006年の同名映画で、ニール・アームフィールド監督とともに脚本を執筆し、オーストラリア・フィルム・インスティテュート主催のAFI賞などで脚色賞を受賞。
その後、映画「ミッシング・デイ」(14)や「ディーン、君がいた瞬間(とき)」(15)で脚本を担当する。インド出身のサルー・ブライアリーの体験談「25年目の『ただいま』 5歳で迷子になった僕と家族の物語」を映画化した「LION ライオン 25年目のただいま」(16)で、アカデミー脚色賞にノミネート、英国アカデミー(BAFTA)賞で脚色賞を受賞した。